2005年01月19日

その怒りの正体は何?

今テレビを見ていたら、埼玉で猫の虐待被害のニュースをやっていました。

野良猫に餌やりをしている女性が、件の猫虐待被害を涙ながらに訴えているんですが、そもそもお前が他人の敷地でその野良猫たちに餌をやり、そのお前の家でも土地でもないその場所を野良猫たちの餌場にし、そのおかげで増えた猫の被害(フンや餌の残骸などからくる悪臭や害虫の大発生)で近所の人たちが怒ったからジャンかと。

もちろん、だからといって虐待をしていいわけじゃないですよ。
だけど、野良猫の生活にのこのこ入っていって世話をして、それで近所の恨みを買ってたら、猫を救ったつもりが逆にこんな被害を出しちゃった。ってんなら本末転倒だし、ちょっと考えればそれが本当の優しさじゃないと言うことくらい分かると思います。

本当に面倒を見て責任を取るつもりなら、飼い主を探してやるなり自分の家につれて帰るなりしろよと。
他人の敷地でやることじゃないだろう。
それで悔しいです、って涙流したって、猫だってとほほほほ、だよ。
そりゃあおなかは膨れて、生きることがちょっと楽になったかもしれないけれど、そのぶん多数のいわれのない恨みを買ってしまっては。

それからもっとわからないのは平気な顔で「猫に自分の庭を荒らされた」と言う人ですよ。

猫にここからここまではこの人の土地だから入っちゃいけない、なんて判断できるか?
表札読める猫がいるか?





ここからここまではこの人の敷地、ってのは、人間が人間のルールの中で守っていくもので、ほかの動物に押し付けていいものではないですよ。
自分たちだって動物の領域にずかずか入り込んでバーベキューとかキャンプファイヤーとかしてるんだからさ。

なんか、いい大人が本気で野良猫の被害に怒りまくっているのを見ると、こっちが恥ずかしくなります(いや、確かに、庭に毎日フンをされたら、あたしだっていやだけど)、でもさ、仮にも高等生命と言われてる身分なんだから、出来ないことをしろと主張するより、こっちが少しくらい合わせてやってもいいんじゃないの?と思うんですよ。

ほかの動物なんてあったかい家も無けりゃ安心して眠る場所もわずかばかりで、日々生きることに一生懸命でそんな厳しい状況でたかだかウンコする場所にこだわってられませんよ。

私たちは眠る家もあるし(狭くても)、ご飯も食べれて仕事もあって、ちょっとだけ彼らより安心して毎日過ごすことが出来るんだから、ウンコ片付けるくらいやってあげようよ、って感じです。
posted by ヤミナベ at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 猫屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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